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知れない街 - 11話:4月25日
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4月25日
 僕は居酒屋「絵の中の絵」に向かっていた。事の始まりは、郵便受けに入っていた一枚のチラシだった。新規開店する居酒屋の広告だった。このチラシを持参すると、裏メニューが頼めると書かれていた。一人で居酒屋に行くのは気が引けたが、裏メニューに対する興味が勝った。何より、御一人様スペースが設けられているみたいだ。時代は一昔前よりも変わったのかもしれない。
 目的の居酒屋は直ぐには見つからなかった。なぜなら、外観が新規開店とは程遠い位汚かった。路地裏に他の老舗居酒屋と並び、紛れ込んでいた。僕は勝手に新装開店を想像していたみたいだ。
 僕はのれんをくぐり中へ入った。入口の勘定台で若い女性が出迎えてくれた。
 「何名様ですか。」「一人です。」僕は女性の質問に答えた。
 「二名様ですか。それとも四名様ですか。」女性は僕にもう一度聞いて来た。「一人です。」僕は後ろを振り返ってみるけれど、他の客はいなかった。どう見ても一人客にしか見えないだろう。
 「それでは四名様ご案内致しますね。」女性は、僕の返答に疑問も持たず僕を席へ案内するようだった。
 店内はとても奇妙だった。カウンター席や、テーブル席は存在しなかった。代わりに鏡台が何十台も無造作に置かれていた。客と思われる人々が鏡台の前に一対一の関係で座っている。楽しく一人喋りをしている客や、台に肘を突いて踊っている客、化粧に化粧を重ねている客等がいた。とても変わった趣向のお店だった。こんなお店が流行なのだろうか。
 僕が案内された席は三面鏡だった。三つの鏡全てに違う角度の僕が映った。女性が席を離れると、メニュー表を持って直ぐに戻って来た。
 「ご注文の際は、引き出しを開けてご注文して下さい。」そう言うと、女性は勘定台のある方向へ行ってしまった。僕はとても戸惑った。普通の居酒屋と注文方法も違うみたいだ。良く分からない。少しパニックになりながらもメニュー表を見てみる事にした。
 「どれを頼もうか。」「まずはチューハイと唐揚げ、焼き鳥、それと。」「それよりも、裏メニューどんなのが見てみよう。」僕の目の前で会話がなされている。僕はメニュー表から顔を離すと、三面鏡の中の僕達が案の定、会話をしていた。どの声も僕だった。
 「どうやって注文すれば良いの。」「一番上の引き出しの中にいる、おっちゃんに頼めば、引き出しを通して料理を出してくれるよ。」僕の疑問に、右側の鏡にいる僕が答えてくれた。おっちゃんは頭にタオルを巻き、メガネが印象的な人だった。青いはっぴを着た姿は、お祭りに出没しそうだ。
 僕達四人は色んな話で盛り上がった。自分を良く見せたり、秘密や本音を隠して上辺で話す必要はなかった。鏡の中の三人は互いに性格は違ったが、僕の事を全て知っているみたいだった。グラスジョッキからお酒が消えたら、僕はジョッキを引き出しに突っ込んみ、おっちゃんに注いでもらった。幸いな事に、鏡の住人は飲食する事はなかったから、勘定が膨れずに済みそうだ。
 「そろそろ裏メニューを頼もう。」左側の僕が僕に催促した。「メニュー表に裏メニューなんて載ってないよ。どこにあるの。」僕はメニュー表を両面探したけれど、それらしいものは見当たらない。
 ゴツン。引き出しが予告もなく開いたため、僕の膨れた腹に衝撃が走ってしまった。別のメニュー表を掴んだおっちゃんの手が宙に伸びた。メニュー表は裏メニューのようだった。
 メニューの内容は良く分からないものだった。「主演交代」に、「不老不死」。「世界一不幸なお金持ち」やら、「不信な千里眼」などなど。これらはメニューと言うよりかは、映画の題名だろうか。「これは何のメニューなの。値段も書いてないし。鏡にこれらの映画を上映してくれるの。」「これらは現実に叶えられるんだよ。不老不死になる事も出来るよ。人生に疲れたのなら、主演交代がお勧めだよ。どれもお金は不要なんだ。」僕の質問に真ん中の僕が親切丁寧に答えてくれた。
 「主演交代ってどういう意味。」他のメニュー内容は何となく分かったけれど、これだけは想像が付かなかった。「それは一番のお勧めだよ。疲れなくなるんだ。悩む必要もなくなるよ。」三人一致団結した意見だった。
 僕は勘定を支払い、居酒屋を後にした。裏メニューは何も頼まなかった。今の自分の現状に満足している訳ではないけれど、裏メニューみたいな胡散臭いものを信じない主義だった。鏡の中の三人はとても残念にしていたけれど、良く考えてみれば彼らも胡散臭かった。話が盛り上がって、気を許し、何でも話してしまったけれど、唯一裏メニューだけは彼らと共感出来なかった。
 「あなたは入れ替わって、鏡から出られた人ですか。」擦れ違いざまに誰かが語尾を上げてささやく。
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