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知れない街 - 4話:1月17日

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1月17日
 一昨日の夜に降り積もった雪が溶けずに居座っていた道端。僕は夜道を一人で歩いていた。いつも通る道ではない。その方が通る価値はあるのだろう。用事は特にないのだから。
 皮膚に突き刺さる冷たさが心まで突き刺されば良いのに。遅めの一人反抗期は八つ当たりする場所を探していたけれど、見つからないようだった。
 僕は跨線橋に辿り着いた時、頬に何か冷たいものを感じた。雪が降り出したのだろうか。何かが僕の心を揺らした。なぜか自分のアパートに帰りたくなってしまった。コタツに入って温かいココアが飲みたくなった。寂しくなった訳ではない。僕はそんな感情を認めたくはなかった。
 途中まで来た跨線橋を引き返した。けれど跨線橋の端に辿り着く事が出来ない。来た方向へ戻っても、戻っても、僕は橋の真ん中に取り残されてしまった。跨線橋が揺らめいて自由自在に伸びたようだった。
 僕は、はっとした。ここに来てようやく一つの気付きに辿り着いた。さっきから人と擦れ違っていない事に気が付いてしまった。不思議な出来事と結び付けてしまうのは、人間の性だろうか。僕の性だろうか。頬に乗っかったものは、冷やりとした汗に変わっていく。
 とっさに跨線橋下の駅のホームを見下ろした。「良かった。人がいる。」安堵の声が白い吐息に混じった。跨線橋を一目散に進み、改札へ向かった。
 無人の改札だった。ただ明かりだけが薄暗く点いていた。自動改札機も券売機も寂れて動いていなかった。機械という新しいものなのに、古かった。
 僕は無断で改札を擦り抜けた。僕は会いたかった。逢いたかったのかもしれない。誰に。ホームにいる人は知り合いのような気がしていた。そう思う事で不安を拭えた。
 ホームでその人に走り寄った時、その人が誰か判った。そして理解した。記憶が脳裏に蘇る。あの頃の小さな僕自身だった。切望を掴んで家出し、無力さに打ちのめされた帰路。丁度あんな風にうつむいて電車を待っていた。けれど今は来るはずもない電車を待っているかのようだった。
 二人が隣り合った時、小さな僕が大きな僕を見つめた。「何で心の隙間を埋めたの。」小さな僕が問いかけた。「それはね。今も分からないんだ。」僕は思わずうつむいてしまった。変わった、変われたと思っていた自信が崩れかけた。せめて小さな手を力強く握る事しか出来なかった。
 夜空を見上げたのはなぜだろう。虚しい気持ちになった夜、あの頃の僕はいつも星を数えては一つ一つポケットにしまっていた。小さな僕に星をあげたかった。
 夜空から小さな僕に視点を移そうとした時、景色は変わっていた。アパート付近の路地に僕は立っていた。そして僕が握っていた小さな手は消えていた。夜空をもう一度見上げてみた。星は見えなかった。排気ガスの影響なのだろうか。いつの間に雪が止んだのだろう。
 僕は小さな記憶を背に、アパートへ向かう。時の狭間に帳が下りても、踏切警報機の音が鳴っているような気がした。
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