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知れない街 - 5話:旧正月初日
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旧正月初日
 僕の脳は賑やかな声の集まりによって起こされた。直ぐに体が動かなければ、目を開く事も出来ない。夢の続きは何だっけ。それともこれが夢なのか。僕の部屋に誰がいるのだろう。泥棒だとしたら騒がしいし、数も多いみたいだ。
 身体に命令を送り続けていたら、体が目を覚ましてくれたみたいだ。目を開くと、そこは猫の群で溢れていた。僕は異世界に迷い込んだみたいだ。いや、そうではないらしい。僕の部屋に異世界の生物が迷い込んだかのようだった。
 僕が動き出す気配に気付いているのだろうか。どの奴も気にも留めずドンチャン騒ぎをしている。飲み倒れや喰い倒れしている奴に、食べ終わった皿と箸で皿回しをしている奴。訳の分からない言葉で会話に夢中になっている奴から、鈍臭い動作をして周囲を笑い転げさせる奴もいた。テレビ画面の中は猫が鯛を食べていた。
 僕は不快感で怒りのパロメータが上昇していた。どの奴も汚い姿で、下品だ。無断で、しかも土足で僕の部屋に転がり込み好き勝手するのは許せない。そうやって怒る事で多勢に無勢、かつ奇妙な集団に対抗する勇気を構築しようとした。
 「もしもし、そこのお方。一緒に一杯やりませんか。」一匹の猫が僕に話しかけてきた。「ここで何をしている。」僕は怒りと恐怖で震えた声をなんとか発する事が出来た。
 猫は僕の心を全て察したかのように、ゆっくりと丁寧に説明をした。「彼らは見た通り野良猫や捨て猫です。けれど嫌わないでやってほしいのです。年に一度の旧正月の時だけ、皆で幸福の時間を共有しているのです。この一瞬の灯りを頼りに生きている猫もいます。唯一の楽しみ。一番の楽しみ。」
 その言葉の効力は不思議だった。僕の怒りは悲しみや同情へ変わってしまったようだ。誘導されたくない反発心は、彼らの豊かな表情に気が付いた途端、消え失せてしまった。
 そんな僕の心情の変化が顔に表れていたようだ。猫は人間語を続けた。「もし良かったら一緒にお酒でも飲みませんか。紹興酒やら白酒などもありますよ。安物で良ければ。」
 僕はその猫の隣に座り、紹興酒を飲みながら麻将をする彼らを見物した。
 この部屋は僕がやって来るまでずっと空室だったみたいだ。いつからか毎年ここに集まり、水入らずの行事が開かれるようになっていったと言っていた。
 来年も出会えると良いな。出会ってしまったのだから。
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