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知れない街 - 2話:1月2日

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1月2日
 僕は草原にいた。見た事のない場所だった。草や背の低い木々が広がり、家もなく、黄緑一色の絨毯が敷かれているようだった。けれど、孤高な鉄塔が幾つも点在していた。
 「ここはどこだろう。」僕の声が風に運ばれて離れて行く。
 僕は歩き出した。どこへ向かうのか、知る事は出来ない。行く先々で出会う鉄塔はどれも灰色だった。互いを繋ぐ送電線は神経細胞のようだった。どの存在も同じようで違っているように思えるのはなぜだろう。唯一無二なものとは、こういう事を指し示すのだろうか。謎は深まる。
 そんな存在を僕は見上げてみた。雲一つ浮かばない青空が広がっていた。太陽も浮かばない空は、まるで灰紫色の油絵の具で塗りたくったみたいだ。きっと鉄塔がなければ、手を伸ばせば掴めそうな距離感を空に覚えただろう。
 鉄塔を囲む柵に手を掛けてみた。触れられそうで触れ得ない鉄の巨塔は、こんなにも近い距離なのに、とても遠い存在だった。
 僕はひたすら歩き続けた。どれ位歩いただろうか。急に視界に変化が訪れた。そこには、多くの雲が草原に落ちていた。もしかしたら太陽もどこかに転がっているのだろうか。僕は雲の中を行進した。孤独感よりも好奇心が勝った。怖くはなかった。最初に抱いていた謎も疑問も全て薄れていった。こういうものなのだ。そう思った。
 視界は徐々に晴れていった。そこには楕円の集団が直立していた。どの楕円もきっと重なる事はないのだろう。確かめなくても分かった。誰かに証明する必要のない事だ。
 僕の童心が躍る。身近にあった楕円の中をくぐってみた。ブランコで遊んだ昔の映像が蘇る。あの時とこの時が何だか似ていた。
 けれど視界に映った景色は別物だった。荒野が広がっていた。空は鏡のように地面を映していた。幸せな夢が終わったのを僕は悟った。なぜなら、そこには柵で囲まれていない大きな鉄塔が一つだけそびえ立っていたから。騒がしい声がするけれど、驚きはしない。電線が切れた鉄塔に色んな生き者が登っていたから。
 我先に登ろうとする者。他者を蹴落とす者。地べたで抗争する者。
 僕は本能的にその集団に加わった。者で塗装された鉄塔は何色なのだろうか。そんな事を知る余裕もない程、上へ、上へよじ登った。どこまでも終わりがないと思わせる程、鉄塔の先端を視界に入れる事が出来ない。気分は悪くなっていく。上に行く程、飢えていく何かが心を蝕んだ。
 どこまで高い位置まで辿り着いたのだろうか。僕は地上を見下ろした。その時だった。僕の少し上を登るシマウマの後ろ脚が僕の顔面に直撃した。そして鉄塔にしがみ付く僕の右手が、左手が、右足が、左足が掴む物を失くした。宙へ投げ出された僕は空を掴むけれど、下へ、下へ落ちて行った。空に映るもう一人の僕は、この僕と違って空高くへ吹っ飛んで行くみたいだった。
 地面へ身体が打ち付けられる瞬間、僕は目を覚ました。視界は自分の部屋だった。全ては夢だった。鷹も茄子も出て来ない初夢。夢の中の夢はとても穏やかだったのに、夢は僕を戦慄させた。僕はどちらも正夢のような過去の出来事のような気がした。
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