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知れない街 - 1話:1月1日(序章)
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1月1日
 僕は東京のぼろアパートに引っ越して来た。先月の初めには引っ越す準備は完了していたけれど、今日まで引き伸ばしてしまった。きっとあれだ。前のアパートに愛着があったのだ。そんな事を考えながら、正月に帰省しない理由を探していたにすぎないのだろう。
 新しい気持ちと古く痛んだ部屋が擦れ違った違和感。この時差は直ぐに修正されるのだろうか。前のアパートにいた時から使っていた一人用の電気製品が心を落ち着かせる。
「これで良いんだよね。」独り言のような言葉を物達へ投げかけた。「これで良いんだよ。」炊飯器が返事をしてくれたような気がした。物腰の柔らかそうな声だった。
 僕は近場のコンビニで買った消耗品を手に取った。両隣の住人に引っ越しの挨拶をこれからするのだ。粗品だけど痛い出費だった。「気が付かない間に、お金に羽が生えて自由を求めて飛び立ってしまう。」引っ越しの出費は僕の単調な推測を軽く超えてくれる。鳥籠の外で生きていけるお金はどこにあるのだろう。
 玄関のドアを開けた。隣人のチャイムを鳴らしてみても、ドアをノックしてみても返事はなかった。僕のドアを挟んだ左右両方とも同じ反応だった。「表札はあるから、留守なのかな。」呟く事で次の段階へ移る許可を自分に求めた。僕は小さなメモと一緒に粗品をドアノブにぶらさげた。顔を合わせずに済んだのは正直嬉しかった。
 自分の部屋に戻ると、一気に疲れが襲って来た。夕食を作るまでにはまだ時間がある。何かやりたい事も、やらないといけない事も特にない。僕は寂しくないようにテレビを点け、コタツムリに変身した。
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